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東京家庭裁判所 平成2年(少)2730号 決定

主文

少年を東京保護観察所の保護観察に付する。

理由

(非行事実及び適条)

(編略)

(処遇の理由)

1  本件は、少年が、8歳年長の実兄K・S(昭和39年10月8日生。本件時24歳から25歳)とともに、長期間にわたり、多数回侵入盗を繰り返し、預金通帳を入手するとその名義人であるかのように装って銀行でその払戻しを受け、結局合計約945万円という多額の金銭その外の物品を得ていたという重大な非行である。また、その犯行態様は、容易周到かつ巧妙で、犯情は悪質である。本件に至るきっかけや、本件の遂行過程においては、実兄が主導的であって、利益の分配も実兄が多くを得ていたが、少年も抵抗感乏しく加担して非行を重ねるうちその手口を身に付けるようになり、生活の手段としての盗みが習慣化してきていた。

2  少年が本件非行に至ったのは、直接は実兄から誘われたためであるが、その背景には少年の生活態度の崩れなど少年自身の問題がある。少年は、能力不足や問題行動で高校を1年で退学したのちは、ほとんど徒遊状態で、健全な生活意欲が持てず、不安定な状況にあった。その基礎には、少年の内面的に未熟で、自立性に乏しく、障害に出会うと安易にこれを回避する道を選び、状況依存的で、受動的といった性格や行動傾向がある。そして、社会規範の内面化も不十分なため、少年は実兄に追従して容易に金銭を得る道を選び、実兄の指示であるからやむを得ないなどと自己を合理化しつつ、両親のもとを離れ実兄と同居して非行を繰り返し、一層目的のない生活態度に陥っていった。

3  少年の抱えるこのような問題は、両親共働きで、相互交流が乏しくまとまりを欠いてきた家庭に根ざすところが大きく深刻である。父親が仕事を中心に考え、少年及び実兄と接する機会も多くなく疎遠であった。母親は感情的に少年及び実兄に対することが多かった。少年らは両親が不仲であると感じ、また、母親に対して否定的な気持ちを持つようになっていった。家庭での両親の指導力は低下し、親への信頼感が育てられず、社会規範の内面化も図られなかった。社会親範の内面化が不十分であったことは実兄の場合も同様である。少年は、親への信頼感がないため、勢い、自分に比べ学業成績優秀で口が上手く幼少時から面倒も見てくれた実兄により親和し、ますます社会規範の内面化が図れないこととなった。

4  以上のとおりであり、少年については、実践を通して健全な生活意欲を持たせ、自立性を確立させるとともに、社会規範を身に付けさせる必要がある。しかも、一方で家庭環境を調整しなければならない。しかし、少年の問題の深刻さに照らすとこれらの課題を達成するのは容易なことではない。少年は、交通事件での不処分及びバイクの占有離脱物横領事件での審判不開始の外は、これまで保護処分を受けたことはないが、その要保護性は高いというべきである。

5  少年は、平成2年2月7日当庁で審判の結果中等少年院送致(一般短期処遇勧告)の決定を受けたが、これに対し、付添人から抗告がされた。少年の両親は、本件各被害者との示談成立に努力をし、右審判時一部示談が成立していたが、抗告後も努力を続け、結局被害全部について示談を成立させ、示談金の支払を始めるに至った。このような経過を経て、実兄に対しては、平成2年3月23日東京地裁で懲役2年6月、3年間執行猶予保護観察付の判決が言い渡され、その処分結果との均衡等原決定後の事情を理由として、同月27日前記中等少年院送致決定が取り消されるに至った。

6  少年は、静岡少年院に収容され、導入期間を過ぎ、これから本格的な教育に移行しようとする処遇段階で取消決定を受け、自宅に戻った。平成2年4月9日から両親が用意した職場で配管工として稼働している。少年は、短期間ではあるが収容教育を受けた結果、被害者の心情に少しずつ目が向くようになり、自宅に戻った後は従前と比較し素直な態度を示すようになった。そして、自分の働きの一部を示談金に充てようとの目標を持つに至っている。また、両親が協力して示談に努力するなど本件を契機として両親間の交流に改善が見られるようになり、少年も、両親が示談に努力してくれたことや、両親が揃って少年院に面会に来てくれたことなどから、両親に対する感情を少しずつ改善しつつある。現時点では、少年に対し改善への方向付けがされつつあるといってよい。

7  そこで少年の処遇であるが、以上のような経過及び現状に照らすと、少年を今施設に収容するのは適当ではない。しかし、少年については、その基礎にある問題は前記のとおり深く、また、少年に強い影響力を持ってきた実兄も安定しておらず、将来への不安は大きい。少年の更生のためには、稼働意欲の定着化、規範意識の醸成、安易に周囲に左右されない自立性の確立、家族相互間の調整、実兄と足並みを揃えた更生等達成すべき課題は多いのである。従って、少年については、保護観察に付し、前記課題の達成に向け綿密な援助を加えることが必要不可欠である。

よって、少年法24条1項1号、少年審判規則37条1項により主文のとおり決定する。

(裁判官 小川正持)

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